<兜町カタリスト>
「損とりじいさん」
むかしむかし、あるところに、塩漬け株ばかり持っているおじいさんが住んでいました。
とても大きな評価損なので、おじいさんが株をウリカイする度にプルルン、プルルンとふるえます。
でもこのおじいさんは、そんな事はちっとも気にしない、とてものんきなおじいさんでした。
そして同じ村にもう一人、やはり塩漬け株ばかり持っているおじいさんが住んでいました。
こっちのおじいさんは邪魔な評価損が気になって、いつもイライラと怒ってばかりです。
ある日の事。
のんきなおじいさんが森の奥で木を切っていると、いつの間にやら、相場は売り一色となってしまいました。
「いかんいかん。このままでは、損がまた増えてしまう」
おじいさんは少しでも利の乗っている株は全部うってしまいました。
そのうちおじいさんは、株価ボードを眺めながらウトウトと眠り込んでしまいました。
おじいさんはグーグー、グーグーと高いびきです。
真夜中になりました。
するとどこからか、賑やかなおはやしの音が聞こえて来るではありませんか。
「おや、どこからじゃろ?」
目を覚ましたおじいさんは、その音のする方へ行ってびっくり。
「うひゃーーー! 鬼だーー!」
何と、株式市場に住んでいるあらゆる鬼たちが、輪になって歌い踊っていたのです。
♪ピーヒャラ、ドンドン。
♪ピーヒャラ、ドンドン。
赤い鬼、青い鬼、黒い鬼、大きい鬼、小さい鬼。
どの鬼たちも、飲んで踊って歌っての大騒ぎです。
最初は怖がっていたおじいさんも、そのうちに怖さを忘れて踊り出してしまいました。
するとそれに、鬼たちが気づきました。
「これは、うまい踊りじゃ」
「おおっ、フツーの投資家にしてはたいしたものじゃ」
おじいさんの踊りがあまりにも上手なので、鬼たちもおじいさんと一緒になって踊り始めました。
♪ピーヒャラ、ドンドン。
♪ピーヒャラ、ドンドン。
のんきなおじいさんと陽気な鬼たちは、時が経つのも忘れて踊り続けました。
そのうちに、東の空が明るくなってきました。
もう、NY市場は引けの時間です。
「コケコッコーー!」
「ややっ、一番鳥が鳴いたぞ」
朝になると、鬼たちは自分たちの住みかに帰らなくてはなりません。
「おい、じいさんよ。
今夜も、踊りに来いよ。
それまでこの塩漬け株をあんたの買い値で、預かっておくからな。
今夜また来たら、返してやろう」。
そう言って鬼の親分は、おじいさんの塩漬け株を取ってしまいました。
おじいさんは、思わず株の残高証明を眺めました。
「おおっ、評価損こぶがない」
傷も痛みもなく、おじいさんの評価損はきれいに無くなっていたのです。
損がなくなったおじいさんが村へ帰ると、もう一人の損だらけのおじいさんがびっくりして言いました。
「おい! 損はどうした?! どうやって、損をなくしたんだ」
「ああ、実はな・・・」
損のなくなったおじいさんは、夕べの事を話して聞かせました。
「何! 鬼が言い値で買ってくれただと」
こっちのおじいさんは、うらやましくてなりません。
「よし! それらなわしも、鬼に損をなくしてもらおう。
踊りには、自信があるんじゃ」
もう一人のおじいさんは、夜になると相場の奥へ出かけて行きました。
しばらくすると、おはやしの音が聞こえてきます。
♪ピーヒャラ、ドンドン。
♪ピーヒャラ、ドンドン。
「よし、あそこで踊れば、損をなくしてもらえるのだな」
おじいさんは踊っている鬼たちのところへ行こうとしましたが、でも鬼の怖い顔を見た途端、足が震えて歩けなくなりました。
「こっ、怖いな~」
でも、頑張って鬼たちの前で踊らないと、損はなくなりません。
「ええい、損をなくすためだ!」
おじいさんは思い切って、鬼たちの前に飛び出しました。
すると鬼たちは、おじいさんを見て大喜びです。
「よっ、待ってました!」
「じいさん、今夜も楽しい踊りを頼むぞ!」
でも、鬼が怖くてぶるぶる震えているおじいさんに、楽しい踊りが踊れるはずはありません。
「何だ、あの踊りは?!」
「昨日の踊りとは、全然違うぞ!?」
おじいさんの下手な踊りに、鬼たちはだんだん機嫌が悪くなって来ました。
そして怒った鬼の親分が、おじいさんに言いました。
「ええい、下手くそ!
昨日の分も一緒に損を帰してやる。
二度と来るな!」
鬼の親分は昨日買い取った株をもう一人のおじいさんの残高にくっつけてしまいました。
こうして、損が2倍になってしまったおじいさんは、泣きながら村に帰って行きました。
おしまい
(兜町カタリスト櫻井)